不適切保育を見たらどうする?—2025年施行「通報義務化」を現場の保育士が知っておくべき理由
この記事は2026年4月時点の情報をもとにしています。
後輩のAさんが、渋谷のビル8階の企業内保育で働いていた頃の話。
給食の時間だった。隣のクラスの先生が、ひとりの男の子に怒鳴り続けていた。「早く食べなさい!」「なんでこぼすの!」。声のトーンが、明らかにおかしかった。怒鳴るというより、感情を爆発させていた。
あのとき、Aさんは何をすべきだったのか。今、この問いに答えられる制度が、日本にある。
2025年に施行された改正児童福祉法で、保育施設における虐待の通報義務が明確化された。「見て見ぬふり」は、もう選択肢にない。この記事では、制度の中身と、実際に現場で動くときの手順を整理していく。
そもそも「不適切保育」って何?制度的な定義を確認する
「不適切保育」という言葉、現場でなんとなく使っているけれど、正確に定義を言える人は少ない。
厚生労働省の資料は、不適切保育を5つの行為類型で示している。厚生労働省「虐待等の不適切な保育への対応について」(第53回社会保障審議会児童部会資料4-2、令和5年3月14日)
1. 子ども一人一人の人格を尊重しない関わり
「だからお前はダメなんだ」「〇〇ちゃんのせいで全員が困ってる」といった、子どもの存在を傷つける言葉。
2. 物事を強要するような関わり・脅迫的な言葉がけ
「言うことを聞かないと置いていく」「先生はもう知らない」など、恐怖で従わせる言動。
3. 罰を与える・乱暴な関わり
乱暴な扱い、強制的な体勢保持、正座や壁向きなどの罰的対応。
4. 子ども一人一人の育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり
発達の状況や家庭の事情を考慮せず、一律の対応をしてしまうこと。
5. 差別的な関わり
特定の子どもだけ活動に参加させない、声かけをしない、などの対応。
なお、この5類型は令和5年時点の資料によるもの。令和7年8月改訂の最新ガイドラインでは「不適切な保育」という概念自体を用いず、「虐待」(身体的・性的・ネグレクト・心理的の4類型)を軸に整理し直されている。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)
つまり、不適切保育は「虐待の一歩手前」。だから早期発見・早期対応が重要になる。
2025年施行。何がどう変わったか
児童福祉法等の一部を改正する法律(令和7年法律第29号)が2025年10月1日に施行され、保育所等の職員による虐待の通報義務が法律上明確化された。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)
変わった点は3つある。
1. 通報義務の明確化
これまでは「気になったら相談する」程度の運用だった。改正後は、虐待を受けたと思われるこどもを発見した場合に、都道府県又は市町村への通報が義務として位置づけられた。「知っていたけど言わなかった」では済まなくなる。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)
2. 施設側の対応義務
虐待に該当すると判断されれば、都道府県・市町村が施設に対して事実確認への協力や再発防止策の実施、改善状況の報告を求める。「内部でなんとかした」「口頭で注意した」だけでは不十分になった。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)
3. 外部通報ルートの整備
施設に言えない場合の「外部通報窓口」を自治体ごとに整備することが求められるようになった。内部告発的な通報がしやすくなった。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)
「義務化」という言葉に身構える人もいると思う。でも、本質はシンプルだ。「見た人が声を上げる仕組みを作る」、それだけ。
現場で「見た」ときの判断基準。グレーゾーンをどう判断するか
「これって不適切保育なのかな……」という迷いが生まれるのが、現場のリアルだ。
Aさんも前職で、まさにこの迷いの中にいた。
グレーゾーンを「気のせいかも」と処理し続けると、気づいたときには虐待になっている。
判断のための3つの問いを使う。
問い1:繰り返しているか、単発か?
一度の感情的な言葉と、毎日繰り返す言動は、重さが全然違う。繰り返しているなら、明らかに動くべきだ。
問い2:子どもがどう反応しているか?
特定の保育士を見ると固まる子ども、その先生が来ると泣き出す子ども、子どもの反応は正直だ。行動の変化があれば、それは「サイン」として受け取る。
問い3:自分が保護者だったら、知りたいと思うか?
「我が子に同じことをされていたら」と想像してみる。知りたいと思うなら、それは黙っていい話じゃない。
「気のせいかも」が危ない理由がある。不適切保育は、慣れていくと「当たり前」になる。最初は「ちょっと強い言い方かな」だったものが、半年後には「まあこういう先生だから」になる。麻痺が起きていくんよ。
だから、最初の違和感を「気のせい」で流さない。それが最大の防衛ラインだと思う。
実際に通報するとき。手順と選択肢
「動こう」と決めたとき、どうすればいいか。
手順1:記録を残す
まず、見た事実を記録する。「いつ・どこで・誰が・何をしたか」を具体的に。感情は入れない、事実だけ書く。日時と状況だけでいい。
記録は、自分を守る証拠にもなる。
手順2:園内ルートを使う
まず、施設長や主任に報告するのが基本ルートだ。施設長が対象者なら、法人本部へ。
「言いにくい」という気持ちはわかる。わかる、本当に。Bさんが前職にいたとき、まさにその壁にぶつかっていた。
でも、「見たこと」を報告するだけでいい。「この保育士がどうだ」という評価をする必要はない。「〇月〇日、○時ごろ、〇〇クラスで、〇〇先生が子どもに向かってこういう言葉を言っていました」。それだけ伝えれば、施設側が対応する義務を負う。
手順3:外部ルートを使う
園内で言えない状況なら、外部通報窓口がある。
- 自治体の保育課・子育て支援課:保育所への指導権限を持つ
- 児童相談所:虐待が疑われる場合
- 都道府県の保育担当部署:施設全体の問題の場合
2025年10月の改正児童福祉法施行で、都道府県又は市町村が通報の受け皿となることが法律上明確になった。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)自分の市区町村のウェブサイトで「不適切保育 通報 窓口」で検索すれば出てくる。
通報後の身の守り方
通報者が特定されないよう、制度上は匿名での相談も可能だ。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)ただし、実名の方が調査がスムーズになる。
「報復が怖い」という不安は理解できる。でも、通報を理由に解雇その他の不利益な扱いを受けることは、法律で禁じられている。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)記録を残しておくことが重要だ。
「見て見ぬふり」ができなくなる。制度化の本当の意味
「義務化になって、保育士が管理される側になった」という見方をする人もいる。
でも、逆の見方もある。
この制度は、保育士を守るものでもある。
これまで、「見た」のに報告しなかったことで、後から責任を問われるケースがあった。制度として通報ルートが明確になったことで、「見た人が動く仕組み」が作られた。動いた人を守る仕組みも、同時に整備されている。
不適切保育が起きやすい職場には、共通の特徴がある。
- 慢性的な人手不足で余裕がない
- 先輩の言動が絶対で、疑問を口にできない空気がある
- 「これが保育だ」という誤った慣習が根づいている
- 保育士同士が孤立していて、互いに見えていない
こうした職場は、制度が整っても変わりにくい。「そういう職場にいる」と気づいたとき、それ自体を問題として捉える視点が必要だと思う。
自分が「不適切な対応をしてしまった」と気づいたとき
逆のケースも正直に書く。
「あのとき、私は子どもに対して不適切な言い方をしたかもしれない」と感じたことがある保育士は、決して少なくない。
余裕がないとき、疲れ切っているとき、人は出したくない感情を出してしまう。
重要なのは、気づいたあとにどうするか、だ。
1. 自分の言動を正直に振り返る
「感情的だったか」「子どもを傷つけなかったか」を、できるだけ客観的に。
2. 主任や信頼できる先輩に自己開示する
「昨日、こういう対応をしてしまって、気になっています」と報告できる環境は、健全な職場の証拠だ。自己開示できる職場は、不適切保育が連鎖しにくい。
3. なぜそうなったかの構造を見る
個人の問題ではなく、「なぜそうなる状況があるのか」を問い直す。疲弊しているなら、それは環境の問題。
自分がつらい状態にあると感じたら、その職場環境そのものを見直すタイミングかもしれない。「保育士に向いてないかも」と感じているなら、この記事を読んでほしい。環境の問題なのか、適性の問題なのかを整理する助けになる。
まとめ。「見た」ときに動ける保育士でいるために
不適切保育の通報義務化は、保育現場を「管理する」ための制度ではない。
「気づいた人が動ける仕組み」を、法律で作ったということ。
もう一度、整理する。
- 不適切保育は厚労省の5類型で定義されている
- 2025年の改正で、通報は義務として明確化された
- 判断に迷ったら「繰り返しか」「子どもの反応は」「保護者なら知りたいか」の3問を使う
- 動くときは記録→園内報告→必要なら外部通報の順
- 通報者を守る仕組みも同時に整備されている
あの給食の時間に戻れるなら、Aさんは隣のクラスの先生に声をかけると言っていた。「さっきの言い方、少し気になりました」と。
制度がどうであれ、声を上げることができる保育士でいたい。それが、子どもを守る最初の一歩だから。
不適切保育の通報義務についてよくある質問
不適切保育の定義は?
厚労省の資料は、人格尊重・強要脅迫・罰や乱暴・配慮不足・差別的扱いの5つの行為類型を示しています。厚生労働省「虐待等の不適切な保育への対応について」(第53回社会保障審議会児童部会資料4-2、令和5年3月14日)
①子ども一人一人の人格を尊重しない関わり「だからお前はダメ」、②物事を強要するような関わり・脅迫的な言葉がけ「言うこと聞かないと置いていく」、③罰を与える・乱暴な関わり(正座・壁向きなど)、④子ども一人一人の育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり、⑤差別的な関わり(特定の子の排除など)の5類型です。
2025年施行で何が変わった?
通報義務の明確化・虐待対応の指導体制・外部通報窓口整備、の3点が大きく変わりました。こども家庭庁・文部科学省「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」(令和7年8月改訂)
2025年10月施行の改正児童福祉法で①虐待を受けたと思われるこどもを発見した際の都道府県・市町村への通報が義務化、②虐待と判断された場合は都道府県・市町村の指導のもとで施設が再発防止策や改善状況の報告を行う仕組みが整備、③自治体ごとの外部通報窓口整備で内部告発が可能に、の3点が変わりました。
不適切保育と虐待の違いは?
虐待は犯罪扱いで、不適切保育は「虐待の一歩手前」の早期発見対象という位置づけです。
虐待は犯罪として扱われる行為で、不適切保育はそこまで至らないが放置すれば虐待に発展する可能性があるもの。「虐待の一歩手前」の位置づけで、早期発見・早期対応のために5類型が定義されています。
グレーゾーンはどう判断する?
繰り返しか・子どもの反応・自分が保護者なら知りたいかの3問で判断するのが鉄則です。
①一度の感情的言葉か・毎日繰り返すか、②特定の保育士で固まる・泣き出す子どもの反応、③我が子に同じことをされたら知りたいか。3つ目に「はい」なら黙らない。最初の違和感を「気のせい」で流さないことが防衛ラインです。
通報手順はどうすればいい?
①記録を残す→②園内(施設長・主任)→③外部(自治体保育課・児相)の順序で動きます。
まずいつ・どこで・誰が・何を、を感情抜きで記録。次に園内ルートで施設長・主任へ報告、対象が施設長なら法人本部。それでも難しい時は自治体保育課・子育て支援課・児童相談所の外部窓口を使います。