にゃーこは今、埼玉県さいたま市の認可保育園で働いている。

園庭がある。子どもたちが毎日泥だらけになる。季節の行事を丁寧にやる。理念がある。

でも2年前、にゃーこは渋谷のビル8階にある企業内保育施設で働いていた。

「あの頃、自分は保育士をやっていたのか?」——今でもたまに考える。


ビル8階の「保育」

渋谷のビルの8階。エレベーターを降りると、そこが保育室だった。

広さは60平米ほど。定員は15人。子どもたちは朝から夕方まで、その空間で過ごす。窓の外に見えるのは、他のビルの壁。

🐱 にゃーこ
「最初は『都心の保育園ってこんな感じなんだ』くらいに思ってた。仕事はしっかりやろうって思ってた」

給与は良かった。月25万円。前の職場より3万円高かった。通勤も楽だった。駅から2分。雨の日も濡れない。

でも、2ヶ月が過ぎた頃から、何かが引っかかり始めた。

「これが保育?」

言葉にできなかった。でも、ずっと頭の中にあった。


何が引っかかっていたのか

にゃーこが感じていた「引っかかり」は、3つあった。

①「なぜそうするのか」が誰もわからない

散歩に行かない理由を聞いたら、「ビルだから」と言われた。では代わりにどういう運動をするのか。聞いたら「特に決まってない」と言われた。

「保育の方針って、何ですか?」

施設長に聞いたら、「保護者が安心して預けられること」と返ってきた。それ以上の答えはなかった。

🐱 にゃーこ
「保護者が安心して預けられること、は大事。でもそれって方針じゃなくて、最低条件じゃないかな……と思ってしまった」

②クレーム対応に終われる日々

企業内保育は保護者との距離が近い。同じビルで働いている人が多いから、昼休みに「うちの子、今日どうでしたか?」と聞きに来る人もいた。

それ自体はいい。でも、クレームも直接来た。「なぜ今日昼寝が短かったのか」「おやつの量が少なかった」「連絡帳に誤字があった」。

クレーム対応に追われるうちに、気づいた。自分は「保護者サービス業」をやっているのか、それとも「保育」をやっているのか、わからなくなっていた。

③子どもの成長を見る余裕がない

書類仕事が多かった。連絡帳のICTシステムは保護者からのメッセージが頻繁に来る。返信しながら、子どもを見る。

「子どもの成長を、ちゃんと見られていない」——気づいた時、にゃーこは深夜に一人で泣いた。


「辞めたい」と「辞められない」の間

1年が過ぎた頃、にゃーこは転職を考え始めた。

でも、足が動かなかった。

🐱 にゃーこ
「給料は良いし、通勤は楽だし、条件だけ見たら文句ない職場なんだよな……。わがままなのかなって」

「方針がない」「クレームが多い」「成長を見られない」——これは、自分の問題なのか。他の保育士はみんな、こんな職場でも普通にやっている。自分が求めすぎているだけなのか。

そういう考えが頭をぐるぐると回った。

転職の軸が整理できなかった。「ビル型じゃない保育園に行けばいい」とは思っても、「どういう保育園に行けばいいか」がわからなかった。


転職軸を整理した日

転職エージェントに相談したのは、1年半が経った頃だった。

担当者に「どんな保育がしたいか」を聞かれた。にゃーこは答えられなかった。「子どもの成長を……」「方針が……」「クレームじゃなくて……」——バラバラな言葉が出てきた。

担当者が言った。「要は、保育理念がある園に行きたい、ということですよね。」

「あ、そういうことか。」

言語化できた瞬間だった。自分が求めていたのは「方針があること」「理念に基づいた保育ができること」だった。条件(給与・立地)より、それが先だった。

🐱 にゃーこ
「転職エージェントに相談する前まで、何が不満なのか自分でもよくわかってなかった。話してみてはじめて整理できた」

「保育理念で選ぶ」という基準

転職活動で、にゃーこは3つの条件だけで求人を選んだ。

  1. 保育理念が明文化されている(HPや説明資料に書いてある)
  2. 園庭がある(子どもが外で遊べる環境)
  3. 関東・通勤1時間以内(都心じゃなくてもいい)

「給与はひとまず今より低くてもいい。23万でもいい」と担当者に伝えた。

見つかった求人のうち、3園を見学した。

1園目:理念はあったが、見学すると「理念とは」という感じで説明が長かった。施設は綺麗。でも保育士の顔が疲れていた。

2園目:見学で園長が子どもの名前を全員言えた。廊下で子どもとすれ違う時、先生たちが自然に声をかけていた。理念が「書いてある」のではなく「体に染みている」感じがした。

3園目:担当者のおすすめ。埼玉県さいたま市。郊外。給与は23.5万円。

🐱 にゃーこ
「2園目と3園目で迷った。2園目は都内で通勤が楽。3園目は埼玉で少し遠い。でも3園目の方が、子どもの目が輝いていた」

にゃーこは3園目を選んだ。


転職から1年後のにゃーこ

今のにゃーこの1日は、こうだ。

朝、子どもたちが来る前に、今日の保育の「ねらい」を確認する。何のためにこの活動をするのか。根拠がある。

散歩に行く。泥遊びをする。年長が年少に絵本を読んでいる。そういう場面を見て、「これを保育と言うんだった」と思う。

クレームがないわけじゃない。保護者対応は今の園でもある。でも、「なぜそうしたか」を説明できる。理念があるから。

給与は今の方が2万円低い。でも、通勤は40分。以前より10分長い。

🐱 にゃーこ
「2万円と、この働き方の違い。比べたら、今の方が全然いい。あの頃の自分は、何を我慢してたんだろうって思う」

にゃーこの転職記録まとめ

転職を決めたきっかけ: 「これが保育?」という疑問が1年以上消えなかった

転職で失ったもの: 月収2万円・通勤の楽さ・都心という立地

転職で得たもの: 保育理念が体に染みた職場・子どもの成長を見られる時間・仕事の意味

最も役に立ったこと: 転職エージェントに相談して「転職軸」を言語化してもらった


にゃーこが最後にこう言った。

「保育士を続けようか迷っている人に伝えたいのは、『辞めたいのか、今の職場が合わないだけなのか』を分けて考えてほしい、ということです。私は保育士を辞めたかったんじゃなくて、今の職場が合わなかっただけだった。そのことに、転職して初めて気づきました。」

保育士に向いているかどうかは、今の職場では判断できない。
職場が変わると、見える景色も変わる。